セブ島通信 Vol.160 2017年09月号へ戻る

セブ観音戦没者慰霊祭挨拶文

日本人会会長 櫻井 絹恵

本日はセブ観音での戦没者慰霊祭に御参列頂きまして誠にありがとうございます。 8月15日は世界各地で慰霊祭が開催され、戦没された方々の霊に祈りを捧げると共に2度と戦争を繰り返してはならないと平和への誓いを立てる日です。今年で戦後72年が経過し、私を含め戦争を知らない世代が大半を占めています。然し乍ら、私達一人一人は太平洋戦争の無惨な歴史を認識し、後世に絶対に同じ様な悲劇を起こさない様に伝える使命があります。 昨年はフィリピンと日本国交正常化60周年で天皇皇后両陛下が国賓としてフィリピンを公式訪問されました。両陛下は先の大戦で最も大きな被害を受けたフィリピンへの慰霊を心より望まれておりました。フィリピン戦士者が祀られる無名戦士の墓、 またカリラヤのフィリピン戦没者慰霊碑をお参りになられ慰霊の比国訪問となりました。その報道を見た私どもまで真摯に両陛下のお気持ちが伝わって参りました。 日本は1941年12月にアメリカの植民地だったフィリピンに将来の独立を約束するといって占領しました。国内内情を把握していなかった日本軍のフィリピン占領当初は、アメリカ軍にはアメリカ人兵士とフィリピン人兵士がおりました。占領後にゲリラ化したフィリピン兵が民衆に紛れ日本軍を襲い、日本兵は民衆とゲリラの見分けがつかず混乱し、フィリピンの一般人はゲリラと日本軍の板挟みになり大多数の犠牲者を出してしまいました。日本軍に追われオーストラリアに退却したアメリカは、海上から武器や資金を提供し、強硬になっていたフィリピンゲリラと日本軍のとの戦いは更に泥沼化し、地獄の戦いと化して行きました。レイテ島やセブ島を始め、フィリピン全土で過酷で悲惨な戦いが行われました。フィリピンは東南アジアの沖縄とも言われ、外地では最大の51万8千人を超える日本人が命を落としました。しかし、当時の人口1630万人でのフィリピン側の死者は111万に及んでいて、当時の国民の16人に一人が亡くなっていることは日本ではあまり知られていません。誰も望んでいなかった戦争に何故多くの人々が戦争の渦に巻き込まれたのか、そこにはアメリカからの独立間近のフィリピンに日本が進軍した故の悲しい事実があります。 アキノ大統領主催の晩餐会での天皇陛下のお言葉です。「貴国国内において日米両国間の熾烈な戦闘が行われ、貴国の多くの人が命を落とし傷つきました。私ども日本人が決して忘れてはならない事」御言葉には陛下の思いが凝縮されています。私達は時の流れやフィリピン人の「許す」という寛大さに甘える事なく過去を心に刻む事を忘れてはなりません。 また忘れていけないのは、フィリピンには戦前、戦中、当時の貧しかった日本から多くの日本人がフィリピンに渡り商売やプランテーション経営を行い、フィリピン人女性と結婚し幸せな家庭を築いた事です。しかし戦争により全てが失われてしまいました。 戦争の混乱中、民間人でも日本人というだけで虐殺された時代で、赤ちゃんや子供までもが殺されました。戦後も日本人のアイデンティティを隠して必死に生き延び日系人の方々の御苦労は言葉では表せない非情なものです。本日はセブ日系人会の会長、副会長に御出席頂いております。戦中、戦後大変な苦労なさった日系人の皆様の御心労をお察し致します。 私の故郷、鹿児島では知覧と鹿屋の特攻隊基地があり、お国の為に若きして散っていった20歳前後の特攻隊員の霊に祈り続けています。2人の息子を持つ私には母として彼らの思いが痛いほどわかります。私は非国民と呼ばれても愛する息子達を絶対に戦場に行かせない。どの母も同じ気持ちだと思います。ここから見えるITパークのラホグ飛行場より神風特別攻撃隊第1号機が昭和19年10月21日3機で出撃しました。ITパークからウォーターフロントホテルに続く道路が、大日本帝国海軍により使用されていた滑走路です。私が34年前に来た当時はまだラホグ飛行場として機能していて、セスナ機が飛んでおり当時の面影がありました。 北朝鮮はICBM弾道ミサイル発射などの挑発行為を続け、グアム沖に向けミサイルを4発の発射する計画を予告しています。しかも島根や高知上空を通過する経路は我が国日本にとっても他人事ではない深刻な状況です。有言実行の北朝鮮のキム委員長とトランプ米大統領が弾道ミサイル発射を巡り挑発の応酬を繰り広げています。いざ核を使えば、人類の存亡や環境にとって不可逆的な地球規模の被害をもたらします。 広島と長崎への原爆投下から72年を迎え、核廃絶運動は新たな地平に立っています。核兵器を非合法化する史上初の国際法「核兵器禁止条約」が7月に国連で採択されました。しかし、唯一の被爆国である日本は、核保有国などと共にアメリカの核の傘下にある為に参加しませんでした。被爆国日本だからこそ、真っ先に署名しなければならなかったのに、大変残念です。昨年はオバマ前大統領が被爆地広島を訪れ、原爆投下国として第二次世界大戦の全ての犠牲者に追悼の意を示しました。2羽の折り鶴を自ら折られ、平和の祈りを捧げた事は世界中から高く絵評価されました。被爆国日本は「核なき世界」を主導し国際的役割を果たすべきだと切に思います。 私達一人一人が出来る事は歴史を正しく理解し、後世に二度と戦争を起こさない決意を伝える事です。ここに永遠の平和を祈ると共に、先の大戦で命を落とされた全ての方々の御冥福を心よりお祈り致します。

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