セブ島通信 Vol.161 2017年11月号へ戻る

神様の宝石でできた島

黒田慎一郎

14年の滞在を経て、日本に帰国をすることになった。セブでの年月を振り返ると、セブ島通信全部を埋めてしまいそうな勢いだ。それだけ海外・セブでの生活は日本で経験出来ないような出来事の連続だった。来た当時は28歳、ネットもまだまだ一般的ではなく、観光客や働き盛りの駐在員は良く見かけたが、20代の若者日本人は貴重で、同年代の現地在住の日本人を見かけると声を掛けたり、逆に掛けられたりするくらいで、何とか繋がりを探したものである。また、セブの発展も目覚しく、ネット含め、買い物(情報と物資)は比べ物にならないくらい便利になったが、一方で物価上昇や渋滞は酷くなり、目に見えない所ではセブアノ(セブの人たち)、特に都市部の中間層以上の若い世代は、ひと昔前に比べると人懐っこさや、親切さが明らかにダウンした。セブアノも昔はもっと優しかったが、それは便利さと引き換えで失われて来たのか、まぁ、考えてみたら日本も同じなのかもしれない。 「フィリピン人はどうして怠け者(Lazy)なのかわかるか?」 青年海外協力隊の一員としてセブに到着して1ヶ月ほどが経った頃、ボクは当時の職場だった農業省のフィリピン人女性のボスに問いかけられ、今となっては自分がなんと答えたかは定かではないが、答えに窮して当たり障りのない返事をした記憶が残る。そしてそのボクの当たり障りのない回答に、ボスはボクの目を見据え、諭すように言った。 「いや、違う、ココナッツの木を見なさい、実がなっていて収穫しようとして近づいたら、上から落っこちてきて頭に当ったら怪我するだろ?まして実を取ろうと思って登ったら落っこちて死んじゃうかもしれないじゃなか。実が落っこちてくるのを待てばいいんだよ。わかるか、フィリピンは豊かなんだよ、はっはっは」 今思えば、発展途上国に人助けと思って乗り込んできた前のめりの若造をいなそうとして投げかけてくれたのかもしれない。その時はあまり気にしてもいなかったやり取りだが、14年の歳月が立ち、その間、日系企業への就職、フィリピン人と結婚をし、セブで3人の子供にも恵まれた今、彼女のこの言葉は『ズキューン』と的を射抜いていたなぁ、としみじみと感じさせてくれる。 セブに来る前に農業資材を扱う会社で働いていた。その時農家さんから聞いたのが、水路や畦道の整備から、水入れ、代かきの段取りをして水田農家さんが迎える田植えの話だったり、とにかく時間勝負の野菜農家さんの収穫の話。そう、親戚や集落みんなで段取りを組んで、天気を見ながら決められた時間通りに進めないと、収穫を得られず、厳しい冬を乗り越えないのが日本。対してフィリピンはまず冬がない。ほっといてもココナッツの実はなるのである。つまり、家族やご近所さんで、ココナッツの木の周りで実が落ちるのを待てば良い。待っている間は、その場にいる誰もが傷つかない噂話しや、踊りや歌を披露し合う事が大事なのである。時代は現代になっても、こう言った「農」の気質は脈々と受け継がれているのでしょう。 セブを中心に、セントラル・ビサイヤ(セブ領事館のエリア)での登録在留邦人数が3,000人弱だとして、登録をされてない方も含めその倍と考えても、ここで我々日本人は完全にアウエーである事実はどう反論をしてひっくり返そうとしても難しいでしょう。長かった非植民地時代、大土地所有性が残る中でのフィリピン独特の階層社会で、我々日本人はどちらかと言うと「ちやほや」してもらえる場面も多い。特に利害関係が発生する前に帰国する短期ー中期滞在者の中では、フィリピーノ・ホスピタリティーにはまってしまうのも自然の流れでしょう。ただ、我々長期滞在者はそうもいかない。フィリピン人の中で生活をしていこうと思えば、ココナッツの木の周りで車座の中で一緒に座る必要は無くても、少なくともその車座を乱すことになると、そこのメンバーは排除する動きに出るだろう。セブでの年月を振り返ると、最初に見上げたココナッツの木は協力隊の職場であったし、その後はご近所の木、同じ年代の日本人仲間の木、就職した日系企業の木、結婚後のフィリピンファミリーの木、役員を仰せつかった日本人会/商工会/補習校と言った日系コミュニティーの木、最後に5ラウンドだけ経験させてもらったゴルフの木、、、多くの木を見上げてきた気がする。輪に入ったときは既に大木になっていた木もあったし、家族なんかは苗木から育てて、未だに試行錯誤で生育途中だ。 帰国を目前にして、14年前に最初にボクが加わった「木」のメンバーと再開する機会があった。協力隊の職場のメンバーや、来た当時同じ世代の日本人友人たちは送別会も開いてくれた。もちろん既にセブにいないメンバーや、鬼籍に入った先輩もいる。今回、帰国を機に、皆で家族を連れて集合できたのが感慨深かった。この14年間で関わってきた木は数知れず。それも、日本でフツーにサラリーマンをしていたら、とても近づく事すら出来ない、貴重な「木」ばかりである。木の成長に寄与できた木もあれば、ボクのせいで枯らしてしまった木もあるかもしれない。ボクの日本行きのフライトもいよいよ近づいてきた。

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