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私のマーヨンなご近所

水野

我が家は泥棒に入られたことはない。外で飼われている闘鶏用の鶏はたまに盗まれているようだが、私のものではないし、逆に静かになってくれていい。外に放置されているごみもたまに盗まれる。これまた私にとってはかえってありがたいくらいだが、まとまったら売ろうと思っていた姑にとってはおもしろくないらしい。たまに家の中の米やシャンプーがなくなることはあるが、これはおおよそ誰が持って行くかの見当はついている。近所でも泥棒の被害がないわけではない。では、なぜ我が家に泥棒が入らないのか。まず奥まったところにひっそりと建っているため、土地勘のない人に狙われることはない。それに加え、窓という窓に鉄格子がついており、戸締りさえしっかりしておけば、入られることはないのだ。これはこれで安心であるが、火事になったらおそらく逃げられないであろうと常々覚悟はしている。 しかしある日の真夜中、コンコンという何かを叩く物音で目が覚めた。妙に響き、まるで我が家の壁に穴を開けているような音であった。そういえば、銀行に続く秘密の地下通路を何か月もかけて掘って、金庫ごと持って行くという泥棒がフィリピンにいるという話をきいたような。そうっと起きて、家をぐるりと回ってみたが、我が家の周りで人の気配はしない。冷静に考えてみれば、我が家には金庫なんてないし、そこまでして手に入れたいと思う金目の物もないのだが、壁に穴を開けられ押し入られてはたまらない、と恐ろしくなった。が、しばらくするとしーんと静まり返ったので、また眠りに着こうとしたら、またコンコンと聞こえてくる。 この音は、完全に壁に穴を開けている音だ。ウチも何回か水道管を通すために家に穴を開けたことがある。親戚の叔父さんお手製の、塩ビ管に五寸釘が突き出ているものをとんかちでたたきながらコツコツと穴を開けていく、あれの音だ。 それはきっと間違いないのだろうが、と、時計を見ると二時を少し回ったところだった。こんな夜中に壁に穴を開ける理由は何なんだ?気になるとどんどん気になるコンコンという音。完全に目が覚めてしまった。そのうちに電気ドリルのキーンという音とゴゴゴという壁に穴を開ける音が響き渡る。どうやら一メートル弱の道の向かいに建っているコリアンレストランの建物の壁に穴を開けているらしい。しばらくして穴が貫通したらしく、パラパラという小石のようなものが我が家のトタン屋根に落ちてくる音がする。続いて、今度は結構な大きさのコンクリートの塊がボッコンボッコンと我が家の屋根に直撃する音。窓のすぐ向こうで朝までカラオケに講じていたり、鶏が一斉に鳴いたりなんてことは日常茶飯事で、そんな中、普通に寝ている人たちもさすがに起きてきた。 隣りの家の人が大きな声で「朝になってからやってくれ。」と叫んでいたが、まったくお構いなしに作業は続く。 この国では壁と建物が一体化した建造物をよく見かける。正面から見るとオシャレな家だったり、ビルだったりするのだが、裏からみればコンクリートの打ちっぱなしとか、途中でスパンと切り落としちゃった感じの。切り落とした面は壁なので、当然、窓もない。表と裏がぜんぜんちがうじゃん、みたいな。こういう建物を抵抗なく建てられるというのは、彼らの性格に由来しているのではないかと密かに思っていた。このコリアンレストランも我が家からは裏しか見えないので、表で何をしているのかは知らないのだが、いつの間にかクーラーの大きな室外機が、空中のことではあるが、完全に敷地をはみ出し取り付けられていたり、小さな窓ができていたりしていたので、今回もそんなことなのだろう。が、なぜわざわざこんな夜中にやるのだろう。 音は治まるどころか次第に工事が本格化してきて、我が家のトタン屋根にもだんだん大きなコンクリートの塊が落ちてきて、とてもじゃないけど寝てなんていられない。 すると、姑が、「私、言ってくる。」と、鼻息も荒く家から飛び出して行った。そうそう、いくらこちら側から大きな声を出したところで、何しろそびえ立つ壁だから、向こうには聞こえていないのだろう。いや、聞こえていても、聞こえなかったことにされているのかもしれないけど、正面から文句を言いに行くには、一度、道路に出てグルリと回って行かねばならず、かなりの距離だ。が、さすがは姑だ。 そして数分後、真夜中に響き渡っていた電気ドリルで壁に穴を開ける音は止んだ。しばらくして戻って来た姑は、我が家を含めた壁のこちら側に住む住民たちの英雄となった。 しかしその時点でもうすぐ四時。私も再び横にはなったが、五時には起きて朝ごはんの支度やらをしていた。やがて日が昇ると再び穴を開ける音が盛大に始まった。姑、明るくなるまで待て、と言ったらしいが、本当に夜明けとともに工事が再開した。 それから数日後にも、朝の六時過ぎから穴を開ける音がしていたが、一体、何をするつもりだろう、と、思っていたある日のこと。突然、いい匂いがするようになった。それは決まった時間帯ではないのだが、このあたりでは嗅いだことのない美味しそうないい匂い。しかも強烈。日中、隣の壁を見上げてみると、そこには我が家に向かってふたつ、換気扇の排気口が伸びていた。ここでようやくこの間の騒音は、この穴を開けていたんだな、と、わかった。 騒音に悩まされていた時には、まったく迷惑なコリアンレストランだ、絶対にこんな店に行くもんか、と思っていたのだが、この魅惑の匂いに負けてしまうような気がしないでもない。

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