セブ島通信 Vol.166 2018年09月号へ戻る

フィリピン島留学の歴史から見る、今後のセブ島観光・留学生の推移予測

斉藤 淳

1,ご挨拶 2,韓国人が始めたフィリピン留学(ここまでが第一回) 3,日系語学学校が進出し始めた2012年 4,東南アジアのマーケットをどこが取る!? 5,統計で見るセブ島留学生・観光の推移(第二回か三回で終了) ご挨拶 日本人会会員の皆様、こんにちは。私は2018年から日本人会の理事を務めております、新人理事の斉藤淳と申します。 34歳、フィリピン人の妻とその間に出来た子供1人(1歳半)とセブ市内で暮らしております。 趣味は悲しい事に特にないのですが、強いて挙げるならばBo's Coffeeでコーヒーを飲みつつ、そこで売っているCarmen's Best Ice Creamを食べる事です。 サンミゲルビールに勝るとも劣らないフィリピンの至宝「Carmen’s Best Ice Cream」 引用:https://www.carmensbest.com/ 私は現在、ここセブ島で「俺のセブ島留学」というフィリピン留学情報のウェブサイトを運営しております。 元々は自身が2012年にこのセブ島へ4ヶ月ほど留学した時に、セブ島に関する情報がネットにあまりない事に気づき、「情報サイトがあったら便利だろうなぁ〜」という思いから、翌年の2013年に立ち上げました。 フィリピン留学に関して言えば、自身の留学含めてこの2018年までの約6年間、業界を見て来ました。 最初は日本とセブ島を行き来しつつ、様々な語学学校を視察、留学体験(1週間〜1ヶ月)を繰り返し、少しずつセブ島にいる期間を延ばし、現在はセブ島に1年の9割以上滞在するにいたります。 今回、有難い事にセブ島通信で少し枠を頂きましてたので、フィリピン留学の過去から現在までのざっくりした歴史と、留学生の動向、そして今後予測されるフィリピン留学の傾向をお伝えしたいと思います。 会員の皆様の中には、セブ島現地で事業をなされている方も多いと思います。事業に深く関わる事として重要なのが、セブ島への観光客数の増減であり、セブ島への留学生の増減です。 セブ島留学した留学生は、比較的高い確率で「留学もしくは観光でリピート」してくれます。しかも、「友達を連れて」です。 そのため、セブ島留学生とセブ島観光客はきっても切れない関係にあると言えます。 ・今後、留学生は増えるのか? ・セブ島観光客はどのぐらいのスピードで伸びているのか? ・他のリゾート地に比べて、差はどの程度あるのか? そういった事をご紹介する事でこのコラムが、皆様の何かしらのお役に立てたらと思っております。 なお、元々1回で収めるつもりで書いていたらボリュームが増えてしまったので、2回か3回に分けてセブ島通信に投稿予定です。 **小見出し:韓国人が始めたフィリピン留学** フィリピン留学というと、多くの留学生はセブ島に来ますが、セブ以外にもマニラ、バギオ、クラーク、バコロド、イロイロ、ボラカイなどがあります。 フィリピン留学は元々、1994年にCPILSという韓国資本の語学学校がマニラでスタートした事はご存知でしょうか? フィリピン留学という海外留学スタイルは、1990年代後半に韓国人によって作られました。 韓国は日本に比べて国内の需要が少ないため、海外で仕事をする必要性に迫られ(もしくは海外とのやり取りをする必要性に迫られ)、英語力が問われ始めたのがきっかけかです。 例えば日経ビジネスでは、韓国の英語教育の需要について以下のような記載があります。 ---- 『韓国は1990年前後から、国を挙げて英語力強化に取り組んでいる。特に、1997年の通貨危機を境に国民に広がった危機感もあって、英語教育に対する熱気が急速に高まってきた。 今、韓国は国内総生産の80%以上を海外貿易に頼っている状況です。国家の競争力を高めることが必然という環境では、英語ができないと生き残れない。韓国にとって英語は『生き残る術』なのです。』 引用:https://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110623/221091/ -------------- 日本は韓国に比べて、人口が多く国内の内需もそれなりに充実しているため、英語の必要性に迫られていません。その結果からか、国内で英語力を使える人材があまり育たず、海外展開においてはサムスン、LGなどのブランドに大きく水をあげられる結果に結びついています。 皆さんもご存知の通り、ここセブ島でも車以外は日本ブランドが勝っているとは言い難い状況です。近年では韓国だけでなく、中国ブランドも素晴らしいクオリティであり、スマホ市場ではもはやSONYを含めた日本勢が勝つ見込みがありません。 私が留学した2012年は、チェリーモバイルぐらいしか有名なブランドはなかったのですが(苦笑)、 また、フィリピンの民方に韓国のドラマが浸透している事を考えると、国策も日本の数歩先を歩んでいるのは間違いありません。 個人も法人も国も、韓国は日本よりもいち早くグローバル展開をしており、日本人としては悔しいですが、完全に追いかける立場です。 そんな1990年代にグローバル展開が騒がれていた韓国において、目をつけたのがフィリピン留学でした。まずはマニラ、その後にセブ島とバギオでも展開されるようになります。学校名で言えば・・・ CLIPS(マニラ→セブ)、HELP(バギオ)、PHILINTER(セブ)、MTM(後に日系資本に買収され、3D Academyへ名前を変更)、EV(セブ)、PINES(バギオ)などが初期の頃からの語学学校です。 ここで注目なのは「バギオ」です! セブはリゾート地として有名なので留学するのも分かりますが、なぜかバギオも盛んになっていきます。 バギオには空港がありませんので、マニラ(もしくはクラーク)で降りて、そこからバスで移動する必要があります。 フィリピンの山の中に数百人規模の学校を作るオーナーの度胸もすごいですが、今思えばバギオがいくら避暑地で過ごしやすい場所だからといって、マニラから片道4時間、5時間かかる場所に、韓国人留学生を月に数百人わざわざ連れて行く営業力も半端ないですね。 その後、フィリピン留学のメインランドはセブ島に移ります。 セブ島はバギオに比べて知名度が高く、マニラに比べてイメージが良く、韓国人観光客も当時から多かったので、一番メジャーな留学先になりました。 ちなみに、マニラでフィリピン留学が育たなかった理由は、マニラのイメージと人件費や賃料の価格だったと言われています。 フィリピン留学の魅力は安くて、大量のマンツーマン授業が受けれるので、マニラはバギオやセブに比べて固定費が高く、「コスパの良いフィリピン留学」の実現が難しかったわけです。 次回へ続きます。

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