セブ島通信 Vol.167 2018年11月号へ戻る

第28回セブ大運動会 -雨にも負けず頑張りました!-

日本人会主催のセブ大運動会は今年で28回目を迎えました。10月7日の朝、カントリーモールにほど近いドンボスコグランドで開催、約300名の邦人が集いました。 1990年に戦後第一回の運動会が行われたことを鮮明に覚えている方たちがおられます。その発起人の一人は現日本人会会長の櫻井絹恵女史です。我子に日本の文化である運動会を体験させたいという「母」の愛情、まだまだ少ないセブ在住の邦人が年に一回は集まろうという「志」が結集したのが第一回開催の舞台裏だったと聞いています。今年は明治維新から150年の節目の年になりますが、世界に類のない日本式運動会は恐らくそれに近い歴史を有し、日本国内ばかりではなく世界各地の日本人によって催されています。大正時代にはセブの日本人コミュニティーが確実に存在し、昭和戦前には日本人学校を擁する数百人規模にまで成長しました。当時は毎年、老若男女が集まり故国を偲び、熱帯の空の下で歓声を上げ、汗を流したとの事です。 戦争による大打撃により日本人コミュニティー壊滅、戦後も日本人がセブに戻るにはずいぶん時間が掛かりました。1980年代からMEPZの工業団地の開発に伴い企業進出が始まり、在留邦人数も増えました。家族帯同家庭に於いては子供たちの教育が大きな問題になったことは想像に難くありません。そのような状況の中で1982年に日本人会が、翌年には補習授業校が誕生しました。そして数年後にはついに運動会を開催するまでにコミュニティーが成長しました。例年雨季の真っ最中に行われる運動会ですが、これまでも何回となく乾季開催が検討されました。しかし、年度変わりの時期に当たり、暑熱への危惧もあり結局東京オリンピックを記念する10月の第一日曜日に落ち着いている経緯があります。これまでは前日に大雨が降り当日は朝からグランドがぬかるむ、閉会近くにザーッと来るパターンだったのですが、今年は7時45分の開会の20分前に来ました。開催が危ぶまれるほどの本降りでしたが、結局30分ほどのスコールでした。しかし、6時から有志が苦労して引いた石灰のラインは消えてしまい引き直し、芝のグランドもドロドロになってしまいました。その分、気温が下がったお蔭で過ごしやすい天気のもとでの運動会になりました。 毎回、開会式では比日両国国旗が掲揚され、国歌が流れます。日本では国歌を聞く機会が少ないですが、セブでは国旗を真剣に見つめ、胸に手を当て、国歌に聴き入る、または声を出す子供たちの姿がありました。一人一人のバックグランドは異なりますが、誰もが日本とフィリピンの懸け橋になるという心を持っているのではないかとの感慨を深くしました。異国で仰ぎ見る国旗も、聴く国歌も様々な思想信条を超えて、なぜか素直に受け入れられているようです。鶴岡領事事務所長、高坂日本人商工会会頭のご挨拶、老いも幼きもが入り混じってのラジオ体操第一はスコール一過の青空のもとでまことに気持ちの良いものです。補習校生徒による元気のよい選手宣誓、昨年の優勝チーム代表によるトロフィー返還と続き開会式は終わります。ドロドロのグランドで繰り広げられる競技は滑る、転ぶ、泥が跳ねる、手足も顔を泥だらけという騒ぎです。泥の中からカエルやミミズが顔を出す。蚊もいれば蟻もいるという自然の中での運動会です。虫を観察したり、こわごわ手に取っている子もいます。誰もがこの非日常を心から楽しんだのではないでしょうか。今日ばかりは服を汚しても叱られないのは子供たちだけではありません。日本では自然に触れる機会が年々少なくなってきていますが、皆さんご承知のように南の島のセブでは更にチャンスがありません。そんな中で繰り広げられるセブ大運動会の醍醐味は大人も子供も大っぴらに楽しめる年に一度の泥んこ大会です。屋台から焼きそばのソースの匂いが漂い、お弁当や菓子飲み物持参の家族連れ、昼間のビールもいいではないですか。一年ぶりに顔を合わせて談笑する人たちもそこかしこに見られました。 多くのボランティアや有志のご寄付によってこの伝統ある運動会は再来年には30回を迎えます。参加者の泥にまみれながらの満面の笑顔を来年も再来年も続けていきましょう。更に幅広い皆さんのご参加をお待ちしています。

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